80年の歴史を非破壊で解き明かす―
双眼鏡修復プロジェクト

昭和18年に誕生した十二糎高角双眼望遠鏡(じゅうにせんちこうかくそうがんぼうえんきょう) 

広島県呉市の大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)に展示されている「十二糎高角双眼望遠鏡(以下双眼鏡)」は、昭和18(1943)年に日本光学工業(現ニコン)が製造した大型の双眼鏡です。直径約12cmという大口径の対物レンズを備え、一度に広い範囲を見渡すことができる広視野設計を採用しています。光学設計、レンズの研磨技術、組立精度のいずれにおいても高度な知見と技術が要求され当時の日本光学工業のものづくりがいかに優れたものであったかがうかがい知れる歴史的にも貴重な製品です。 

全長600mm非常に大型で、総重量は19kgを超える
本体に取り付けられた銘板には、ニコンの旧社名である「日本光學工業株式會社」の文字が確認できる

製造時の図面がなく、分解による破壊のリスクにも直面 

大和ミュージアムのリニューアル計画を機に双眼鏡の修復と一般公開が検討され、ニコン創業当初からの双眼鏡事業を受け継ぐニコンビジョンに双眼鏡修復の問い合わせが入りました。スタッフが現物を確認したところ、製造から長い年月が経過しているにもかかわらず、外装やレンズなどの光学系に大きな破損箇所は見当たりませんでした。ただし、修復作業の方針を明確にするには、外からは見えないプリズムなどの内部構造に破損箇所がないか、分解して確認する必要があります。 

しかし、ここで大きな問題に直面することになりました。この双眼鏡は戦時中につくられた製品で、当時の図面が一切残っていないのです。図面のない製品をむやみに分解してしまうと、部品の配置やその部品がどのような機能を果たしているのか分からなくなってしまうことがあります。加えて経年による腐食が進んでいる箇所もあり、分解作業を行うことで製品そのものを破壊してしまう可能性が否定できない状況でした。

そこで採用されたのが、X線CTによる非破壊検査です。分解せずに内部構造や劣化・損傷の状況を可視化できるため、修復時の分解箇所を最小限に抑えることができます。歴史的に貴重な製品を損傷するリスクを回避できることから、本案件では最適な手法と判断されました。

大型の被検物に対応可能な検査装置と、透過性能に優れた450kVX線源を選定 

ニコンビジョンから非破壊検査の相談を受けたインダストリアルソリューションズ事業部(以下、IDS)多種多様なX線CT検査装置とX線源を取り揃えさまざまな検査ニーズに対応できる第2計測室(神奈川県横浜市)での検査を提案全長600mm弱という双眼鏡の大きさを考慮し、使用機種については、大型の被検物が収容可能で安定した検査が行える空間を備えた「LES C2」を選定しました。さらに、X線源については、双眼鏡の分厚い金属筐体を透過させるのに450kV級の高出力が不可欠でした。通常、X線は出力を上げると、X線の発生源となるスポット径(焦点サイズ)が大きくなり、画像がぼやけて解像度が低下してしまいます。しかし、ニコンの450kV線源であれば、高出力かつスポット径の増大を最小限に抑えられるため、双眼鏡のように大型で厚みのある金属部でもX線をしっかりと透過させつつ、内部の緻密な構造を鮮明に捉えることができます。そこで、ニコンが誇る世界で唯一の450kV反射型回転ターゲットX線源を選定しました。 

実際に作業に入ると、装置内への配置に細心の注意を払う必要がありました。大型で重量があり、さらに経年劣化の可能性もあるためわずかな衝撃で内部部品に破損や変形が懸念されます特に双眼鏡に対するX線の照射角度は取得画像の鮮明さを大きく左右する重要な要素になります。これらの課題に対して、最適なX線の照射角度に調整し、双眼鏡を立てた状態で配置できるようにオリジナルの治具を制作することで解決を図りました。 

界唯一の450kV反射型回転ターゲットX線源

3Dスキャンで内部構造を確認 

非破壊検査の結果、CT画像で可視化された双眼鏡の内部構造は、関係者を驚かせました。それは現代のようなコンピューターもなく、CADやCAEもない時代の製品とは思えないほど精巧なものでした。正確な部品づくりと組み立て技術の高さから、当時のニコンの技術者が持っていた経験値と設計力の高さ、そしてものづくりに対する真摯な姿勢を、CT画像を通して垣間見ることができたのです。 

また内部の光学系には致命的な損傷がないことも確認され、プリズム周辺の分解作業は回避できることが明らかになりました。仮にこの分解作業を行っていた場合、部品がいくつか破損する事態に発展していた可能性があります。その場合、部品の再生が必要になり、製造当時の状態をそのまま維持することは不可能になっていたでしょう。加えてダイカスト部品が数多くあるため、それらが破損してしまうと、元通りに再生するのは極めて難しい状況でしたこういった点からも、事前にX線CT検査装置で内部の状態が確認できたことは非常に有効であったと考えられます 

この検査結果をもとに、今後の修復作業の進め方について大和ミュージアムとの話し合いが行われ、なるべく手を加えずに見る機能を復元させるという基本方針が決まりました。IDSの担当者は、この方針決定のプロセスでX線CT検査装置が果たした役割について、次のように語っています。 

双眼鏡に一切ダメージを与えることなく、内部の部品配置や状態を事前に把握できたことが、X線CT検査装置のメリットだと感じています。これにより、修理を担当される方々がどこからどのように着手すればよいのか、事前に検討することが可能になりました。安全かつ確実な分解・修復計画の立案に貢献できたのではないでしょうか 

修復前に撮影されたX線画像 

失われた接眼レンズの修復作業においても、X線CT検査装置のスキャンデータを活用 

修復前の双眼鏡は、左側の接眼レンズが失われた状態でした。レンズを元通りに再生するには製造当時の設計図が必要です。しかし、現在は手元に残っていないため、同様機種の図面を参考にすることが検討されました。ニコンが所有している図面の中から同一と思われる光学図を発見したものの、本当に同じであるという確証は得られませんでした。そこでX線CT検査装置を活用し、現存する右側の接眼レンズ部分を撮影。レンズの曲率半径(R)を測定し、発見された図面と近似Rになっているかを確認した上で修復作業に着手しました。 

このように、図面が残っていない古い製品において、部品の形状や厚みだけでなく、構造上の詳細な情報もスキャンデータとして取得できる点は、X線CT検査装置の大きなメリットとなります。 

撮影データをもとに生成した右接眼レンズの断面CT画像
発見された別機種の光学図と近似Rになっていること確認できた

文化財の修復・修繕におけるX線CT検査装置の活用価値 

貴重な文化財や歴史的価値の高い製品の修復・修繕作業においてX線CT検査装置を活用することは、対象物を分解せずに、内部破損の有無や部品の保持状態を3Dで立体的に把握できるという大きなメリットを生み出します。その優位性について、修復作業を指揮したニコンビジョンの担当者は次のように語っています 

今回の修復の最終目的は、大和ミュージアムを訪れたお客様に、当時の状態のままの双眼鏡をのぞき込んでいただき、ご自身の目で80年前の視界を体験していただけるようにすることです。そのためには最低でも光学系の検査と修復が不可欠でした。通常はプリズム部に異常がないかを確認する際に分解作業が必要で、それは製品の破壊につながっていた可能性があります。今回、X線CT検査装置の活用によって貴重な文化財を破壊せずにプリズム部の状態確認を完了させ分解作業を伴う修復は接眼レンズのみに留められたことは、とても素晴らしいメリットではないでしょうか」 

“分解せずに中を見る”ことが不可欠な場面で、ニコンの高性能X線CT検査装置が活用され、図面なしでの修復が実現しました。修復を終えた「十二糎高角双眼望遠鏡」は現在、大和ミュージアムで一般公開され来館者に人気を博しています。 

一般公開中の「十二糎高角双眼望遠鏡」で、呉の港の風景が一望できる

最後に、今回の修復作業と非破壊検査が果たした意義について、大和ミュージアムの担当学芸員は次のように語っています。 

「壊れていた双眼鏡を使用できる状態にすることが目標でしたので、文字どおり、『光が見えた』プロジェクトでした。このたびの大和ミュージアムのリニューアルでは、この双眼鏡プロジェクトのように非破壊(非分解)検査に基づいて整備を進めた事例と、積極的に分解整備を進めた事例の両方を経験しました。80年前にこの双眼鏡が見ていたはずの呉港の風景を、この双眼鏡で再び見るという体験を来館者の方々に提供できるようになり、とても満足しています 

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